Win-Winとは、あなたが勝ち、私も勝つ です。
もう一つのWinは?
そう、患者さんです。
このプロジェクトに参加したあなたが
『よかった!!本当に参加してよかった!』と喜んでくださったら、このプロジェクトは成功です。
だってそんな嬉しいことはないくらい嬉しいです。
本音です。
私は今経済的には充足しています。充足してみてわかるのですが、収入が今の2倍になったとしても、決して幸せは2倍にはならないであろうことが直感的にわかります。快楽すら2倍にはならないでしょう。
本当の深い歓びって何だろう?
観念ではなく、本当に自分の深いところに触れる歓びの経験、そのリアリティはどこにあるのだろう?
本当にそのためだったら、自分の全てを投じる価値とは何だろう?
私は自分の体験と学びの中から、それは人と人との関係にしかない、と見つけました。
私のパートナー(家族・友人・スタッフ)が心から喜んでいる、そしてその歓びのプロデュースに私が関わっている。これは本当に深いよろこびだ、と気づいたのです。
理屈ではありません。道徳論を述べているのでもありません。
ものすごくリアルな、体験レベルの話です。
誰から教わったのでもありません。
昔から、実は、それはそこにあった。
いつも。
そして誰にでもあった。
あらためて思い出した、気づいた、といった感覚です。
この感覚を追求してゆくときに私は力づけられ続ける。
この方向に進むために私は生まれてきたのだ。
この道を進むとき、きっと神が私を守るだろう、と感じます。
あーとうとう宗教の話になりました。
本当のところ、私は特定の宗教をもってはいません。
キリスト教に親しみを感じ、聖書に強い関心はあります。
何ら特定の組織に所属していないし、礼拝もいかないし、キリストの復活も完全に腑に落ちてはいないので、クリスチャンではありません。
仏教にも関心はあるけれど、ぴったりフィットする、という感じでもありません。
でも私は何となく自分を超える、時間や空間を超越した大いなる何かは在る、と思っています。
あなただって思ったことがあるはずです。
医学を学べば学ぶほど、
『こんなシステム誰が創ったんだ?』 と。
ゾウリムシが1億年たったら、いつのまにか人間になりました。なんて納得いきますか?
大いなる何かが、在る、と感じる。
ヒゲをはやした杖もってローブきたじいさんではなく。
『そなたが落としたのは金のオノか?銀のオノか?』と訊ねるきれいな女性でもなく。
私達は皆、大いなる存在の一部なのではないか。
根は共通、存在の根底は共有されているのではないか。
英語でOnenessという言葉があります。
Onenessを追求することが、私達の使命なのではないか?
私の直感が私にそうささやくのです。
Onenessに向かって進む私だから、Win-Winを達成したときに喜びを感じるのは当然なのです。